テーマ |
第6回 Progress in Mind Japan RC Webinar 「個別化治療を念頭においた精神療法と薬物療法のベストシナリオとは」 |
開催日時 | 2023年6月20日(火)18:30~19:30 |
座長 |
鈴木健文先生 (山梨大学医学部 精神神経医学講座 教授) |
演者 |
菊地俊暁先生 (慶應義塾大学医学部 精神・神経科学教室 専任講師) 竹内啓善先生 (慶應義塾大学医学部 精神・神経科学教室 専任講師) |
プログラム
- Case 1:うつ病の症状が残存しているケース(初回の薬物療法が奏効しないケース)に対し、薬物療法の最適化の継続、精神療法の導入を含め、どのようにアプローチするか
- Case 2:服薬してもらえない、服薬アドヒアランスが悪いケースに対し、どのようにアプローチするか
第1部 講演
「個別化治療とは~その役割と意義~」 菊地俊暁先生
- 精神療法や薬物療法による個別化治療の意義を解説。
- うつ病患者さんが抱える症状や問題点は多様。したがって、誰にでもワンサイズの服を着せるような「one-size-fits-all」の考え方から脱却した治療方針が必要。
- どの治療から開始していけば、その患者さんにとって最も良いのかを考えることが重要。
- 個別化医療によって有益性の低い治療を回避できれば、医療コストや社会的コストの削減につながるメリットもある。
- 臨床実践では、発症・増悪要因だけではなく患者さんの長所や強みを理解して治療ゴールと治療法を考え1、期待した効果が得られなければ段階的に治療プロセスを見直すことが必要。
- 個人のリカバリー(personal recovery)を治療ゴールとすることも有用2。
「薬物療法の原則とコツ」竹内啓善先生
- 急性期から維持期の薬物療法について、薬剤数と用量を極力少なくしたシンプルな処方を原則とする考え方を紹介。
- 急性期における薬物療法の4つの原則:①副作用の少ない薬剤の選択、②単剤での開始、③最小有効用量での開始、④効果を見極めるために開始後は2週間以上継続。
- 単剤・最小有効用量から投与開始する理由として、適正な薬効評価が可能となり、用量の維持・増量・減量を判断しやすくなる。結果的に不必要な併用や増量を避けられる。
- 維持期では急性期の薬剤数と用量を「引く」ことを意識し、単剤化、減量、主症状以外に対する併用薬の中止を目指す。
第2部 ケースディスカッション
Case 1:うつ病の症状が残存しているケース(初回の薬物療法が奏効しないケース)に対し、薬物療法の最適化の継続、精神療法の導入を含め、どのようにアプローチするか
竹内先生:うつ病の原因が心因性なのか内因性なのかを検討し、内因性であれば薬物療法の最適化を可能な限り続け、心因性なら精神療法の導入を検討します。
菊地先生:初回治療の効果を的確に評価するために症状や日常生活の経過などを詳細に検討し、効果が少しでも認められる場合は薬物療法の最適化を続けます。また、精神療法を導入するときは、懸命に治療に取り組んできた患者さんの心理状態に配慮します。初回治療の結果の説明に加え、その患者さんにとってより適した治療を目指すためであることを丁寧に説明することが重要です。
鈴木先生:初回治療で効果が得られない場合、精神療法の導入を含めて次の治療法をどのように組み立てていくのかが課題ですが、前提として患者さんと治療アプローチを共有することが重要です。そのために、患者さんとの協力関係(「治療同盟:therapeutic alliance」)が大切です。
Case 2:服薬してもらえない、服薬アドヒアランスが悪いケースに対し、どのようにアプローチするか
竹内先生:私は、毎回の診察で「薬の飲み忘れはありませんでしたか」と聞いています。患者さんが「飲み忘れることがあった」と答えた場合は、「どういうときに飲み忘れますか」と聞いて、服薬アドヒアランスが不良な理由を同定します。意図的な場合は、薬の再発予防効果に関して説明します。非意図的な場合は、服薬回数を減らすなど処方を見直します。
菊地先生:「薬は何日分ぐらい残っていますか」という聞き方をすると、患者さんは残薬数を答えやすいようです。また、服薬アドヒアランスがよくないときは、患者さんとの関係性を見直すことも重要です。
鈴木先生:自己判断で服薬を中止した患者さんには相応の理由があることから、その理由を捉えることが重要です。患者さんが誤った理由で服薬を中止していたときは、適切に指導できていなかった医師にも責任があると考えています。
視聴者質問への回答(一部をご紹介)
Q1.治療選択において薬物療法の副作用リスクを考慮した場合、薬物療法単独による治療開始後、精神療法との併用に変更するほうが、患者さんの管理が容易になると考えてよいのでしょうか?
A1.
竹内先生、菊地先生は精神療法には副作用が少なからずあるとしました。菊地先生は精神療法の課題として、医師によって精神療法の手法や治療の進め方に違いがあるために、治療の均てん化を図るのが難しいこと、薬物療法のような客観的指標を用いた治療評価が確立されていないことを挙げました。そのため、患者さんの状態や医師の対応によって、治療反応として表れる副作用の現れ方はさまざまとなり、それらを客観的に評価することも難しくなることから、精神療法は薬物療法に比べて副作用管理が容易な治療法とは必ずしもいえないと指摘しました。
Q2.薬物療法を適切に行うためには、外来の場で精神療法と同様に患者さんとのコミュニケーションを実践することが必要と感じています。ご意見をお聞かせください。
A2.
菊地先生は、精神科診療における薬物療法は、患者アプローチのあり方に関して精神療法と共通の要素を持つとして、質問者の意見に賛同を示しました。
その理由として、精神科診療における薬物療法では内科診療のように検査値の指標から効果を評価するよりも、患者さんが感じている主観的な症状や日常生活上の困りごとなどきめ細かな聴取を通じ、効果を見極めていく方が重要であることを挙げていました。加えて、治療選択の際は、Shared Decision Making(以下、SDM)によって患者さんとの関係性を深めるプロセスが不可欠であることにも言及し、精神科診療における薬物療法は精神療法との共通性を認識して取り組むことが重要であることを強調しました。
Q3.薬物療法を中止するタイミングはどのように判断していますか?
A3.
菊地先生は上記の質問に対し、うつ病初発例の薬物療法中止のタイミングとして、初回治療の期間はエビデンスに基づき3、6~9ヵ月間をめどとし、その期間が終了したら中止を検討すると回答しました。具体的には、初回治療終了時点で、患者さんには中止後の再発の可能性について説明したうえで、中止か服用継続かを選択するSDMを行っていると説明しました。
他方、再発例に対する薬物療法は、原則としてエビデンスに基づき4、2年以上の継続を患者さんにお勧めすると回答しました。
ウェビナーを振り返って
竹内先生:治療の個別化・最適化を実践するにあたり、軽度のうつ病患者さんへの診療アプローチとして精神療法を導入するほうが良いのか、あるいは薬物療法のほうが良いのか悩むことがあります。精神療法の基本方針、例えば認知行動療法の導入はどのタイミングがよいのか、といった問題について、今後議論を深める機会があれば嬉しいです。
菊地先生:個別化治療では、医師・患者関係を築くためのコミュニケーションが重要です。特に、患者さんが何を考え、なぜそのような考えに至ったのか、その背景を捉えることが大切です。今回、発症・増悪要因だけでなく、患者さんの長所や強みを理解するための症例の概念化という手法を詳しく説明できなかったことが心残りです。機会があれば紹介します。
鈴木先生:精神科診療では、検査で根本原因を特定し、それを標的として介入するといった治療アプローチは確立していません。患者さんとのコミュニケーションのなかで軽微でも症状や変化を感じ取り、薬物療法や精神療法のどちらが個人に最適なのか、あるいは両者を統合した治療法が最適なのかを考え、患者さんと共同的に治療を進めていくことが重要です。
座長・演者 Inside Story
「長年にわたり演者2人の熱心な臨床・研究への姿勢を間近で見てきた」
・・・鈴木先生
菊地先生と竹内先生は、2001年に慶應義塾大学精神・神経科学教室に入局しました。竹内先生は精神薬理学の専攻で、私とは同グループの先輩・後輩という関係でした。菊地先生の主たる専攻は同グループではなかったのですが、竹内先生も含めて当時から交流がありました。2人とも、若手時代から治療の個別化・最適化に関する臨床技法の修得や研究活動に熱心で、綿密な計画を立てて的確かつスピーディーに遂行していました。お互い仲が良く、切磋琢磨してきたのではないでしょうか。いまや、第一線で活躍しており、以前と変わらず真摯に取り組む後輩2人の姿勢は素晴らしいですね。今回のウェビナーでも、息の合ったお二人だからこそ、素晴らしい講演とディスカッションをしていただいたと思います。
「研修医時代に多岐にわたって経験を積んだことが現在に活かされている」
・・・菊地先生
研修医時代の経験が治療の個別化・最適化への関心を高めるききっかけになりました。研修医1年目から認知行動療法を学ぶ機会があり、2年目からは研究活動として疾患や薬剤処方に関する調査を数多く担当するなかで、ある程度の役割を任せていただき、積極的に取り組むようになりました。また、患者さんへの寄り添い方や信頼関係の築き方に悩んでいた時期には、先輩からさまざまな手法を教えてもらいました。現在も、患者さんへの共感と傾聴をどのように実践していくのか、どのようにして信頼関係を構築していくのかが重要と考えています。
「若い頃の臨床疑問が個別化・最適化のための研究に打ち込むきっかけ」
・・・竹内先生
入局した当初は、精神薬理学よりも精神病理学や精神分析学のほうに関心を持っていました。しかし、患者さんを診ていくなかで、薬物療法をめぐって臨床疑問が次々と浮かぶようになり、またそれらが解決されていないことがわかりました。研究室の先輩であった鈴木先生から「疑問に思うことは、とことん疑って解決すべき」と後押しされ、「薬物療法の原則とコツ」に関する研究活動がライフワークとなり、現在に至っています。将来は精神療法にも研究対象を広げ、「精神療法の原則とコツ」にも取り組んでいきたいです。
※座長・演者の所属および役職名は、ウェビナー開催当時のものです。