テーマ |
第7回 Progress in Mind Japan RC Webinar 「日常臨床における様々な精神療法の活かし方」 |
開催日時 | 2023年8月7日(月)18:30~19:30 |
座長 |
内田裕之先生 (慶應義塾大学医学部 精神・神経科学教室 教授) |
演者 |
宗未来先生 (東京歯科大学 市川総合病院 精神科 准教授) |
プログラム
第1部 講演
「明日からの日常診療に活かせるエビデンス“小”精神療法」 宗未来先生
- 日常診療の精神療法と言えば「笠原の小精神療法」があまりに有名だが1-3、さらにプラスαを盛り込みたい。しかし、小手先の理解による構造的精神療法の「劣化版」や「単純な分割」ではなく、短時間診療だからこそ、より本質的な心理的理解に基づく必要がある。ここでは、演者なりの見解としての古今東西の多くの心理的働きかけに共通するエッセンスを踏まえたうえでの「10分間診療」におけるミニ精神療法について、使い勝手のよい実践ポイントをいくつか解説した。
- 理解したい原点として、人は大切な感覚(感情や体感)を感じられないと、そのしわ寄せとして、激しい感情や不要な異常感覚を生じたり、過度に強い執着やこだわりが生まれ、時に、病的症状の発現に至る。
- 大切な感情は、一次感情とも呼ばれ、出来事に対する初期反応として生じる喜怒哀楽のような本能的(人と動物に共通ともいうべき)な基本情動である。時に、悲しみや恐怖といった苦痛を伴うが、苦しいがゆえに目を背けて回避し続けていると、思考・感情・行動・身体反応が連鎖的に悪循環を織りなしながら、強い苦悩を伴う人工的な二次感情(虚無感、罪悪感、劣等感といった動物にはない高次感情)が生み出されていく。そして生じた二次感情は人口産廃物と同様、自然には消えず病因となる。
- 現存する心理的アプローチの大半は2つのスキルに集約。それは、①つらさから心理的距離を取ること(応急処置)と、②つらさの無意味化(根本治療)である。
- つらさから距離を取る応急処置は脱中心化と呼ばれる。自分のことを他人事のように捉える俯瞰の視点を得ることによって、何ひとつ現実が変わらなくても苦悩は“半減”する。その方法には、「自問自答」と「誰か信頼できる人に気持ちよく話を聞いてもらう対話」がある。自問自答は、心の健康度が高ければマインドフルネス瞑想等のように、頭のなかだけでも可能だが、不健康度が強い場合には、文章化や図解化といった認知行動療法のような手法を用いた外在化が添え木のように役立つ。
- つらさそのものを完全に無意味化するための根本治療では、つらさの背後に潜在する一次感情を、心の底から深く感じきることでの「情動の消退」を経る必要がある。これは、力動的には無意識とも呼ばれ、行動科学やあらゆる精神療法を実践する際の共通のエッセンスとして広く汎用されている心理機序である。
- 一人では苦痛に耐えられず、一自身の一次感情に目を向けられなかったり、麻痺させることで、もはや深く感じることすらできない現象こそが、多くの精神疾患の病理である。それを、周囲の医療従事者などが適切に傾聴・共感できれば、患者さんは安心して基本情動の感度を高められ、不要となった二次反応は減退し、症状は緩和する。さらに、一医療従事者ではない、患者さん自身にとっての重要な他者との間でその共有が導かれたならば、さらに高い効果が得られる。近年オープンダイアログのような対話の力が実証されてきているように、こうした関わりが早期で適切になされるほど、著しい不適応や重度遷延性の神経性やせ症のような治療抵抗性疾患への治療においても、根治に至りうると演者は確信している。
- 心理的関わりに併行して、時間生物学的な要素も無視できない。医療者は、起床・就寝や食事といった生活リズムを規則正しく過ごすように働きかけることも、別のディメンションで効果を発揮することを知り、治療抵抗性うつ病などと誤認されがちな双極症や類縁の双極スペクトラム症へのアプローチといった点からも留意を呼びかけたい。
- 10分間診療でできることはまだまだ多い一方で、しっかりと時間をかけた治療こそ理想であるという本道は見失ってはならない。同時にその課題克服としてタスクシェアや演者が取り組んでいるAIやメタバースの活用といった心理療法のDX化なども含めた様々な工夫が短時間診療の「副木」として期待される。
第2部 ディスカッション「日常診療における精神療法の活かし方」(一部を紹介)
ディスカッションでは、宗先生が日常診療の限られた時間内で実践している心理的アプローチについて、症例を提示して解説していただきました(一部を紹介)。
- パニック発作や自傷など、感情や衝動の制御不良に苦しんでいる
誰もが知る、深くゆっくりと行う腹式呼吸は大きな効果を発揮します。しかし、当たり前のことを当たり前に行うことは必ずしも容易ではなく、2つの落とし穴が患者さんの実践を阻みます。1つは、動揺したつらい最中ということもあり1~2分とか、数回しか行われずに深呼吸に早々に見切りをつけるというパターンです。最低でも15分は続けてもらい、慣れて習熟するまでははじめから多くを求めすぎず、つらさのピークがわずかにでも削ることができたら御の字くらいに「無欲の勝利」を意識して取り組んでもらうことです。もう一つは、いざパニックなどに陥った瞬間に、ベストな快心の呼吸で切れ味よく効果を実感していただくために、日々の呼吸練習の重要性を「備えあれば憂いなし」と指導します。睡眠導入や抗不安の効果も高まるので、頓用の睡眠薬や安定剤を服用する前に深呼吸ができれば、薬剤の効きがより強く感じられる可能性があるだけではなく、頓用薬に頼らなくともよいときが増えてくれば、脱頓用薬依存にも繋がります。
- 回避や強迫行動に悩まされる
人混みが怖いとか過度の潔癖などに対してよく用いられる、段階的に不安や恐怖に慣れてもらう方法は、短時間診療でも可能です。近年は加えて、体験前に「仮説」を立てて、曝露体験後に認知的振り返りを行う「制止学習」がその効果を強化し、効率性を高めると考えられています。たとえば、社交不安症の治療で「恥に慣れる」課題として行われる「お店での大声注文」では、ただ店内で大声を出しただけならば、トラウマ的に恥をかいたという挫折体験で終わってしまうところです。ところが、羞恥心や動悸の強さを100%の強さで生じると事前に仮説を立ててみて、体験後に同じ恥ずかしいという反応が生じたとしても、実は99%の強さだったと気づけたのならば、1%の成功体験と体が捉えて覚えてしまうのです。そして、もう二度と同じ出来事があっても、同じ強度での反応は生じなくなります。つらいなかでの「想定外のプラスへの気づき」の繰り返しこそが、反応減弱を加速させる鍵です。
- 元気がない、やる気が起きない
行動活性化を行います。とはいえ、「運動や楽しいことを」と提案しても、半数くらいの患者さんは実は挫折します。うつ状態では、ポジティブの感度が低下しているため、「楽しい」はずのことすら苦痛を感じるからです。結果、多くの患者さんは低下した感度でも楽しめるものとして、浪費やギャンブル、過食といったジャンキーな刺激に走るようになり、嗜癖に依存する原因にもなります。そのため、ポジティブの感度を高めるため、散歩など毎日1~3個のありふれた日常行動に、かすかな楽しさや達成感を搾りとるように意識して強く感じる感情焦点化を行います。これを毎日繰り返すことによって、メランコリー型のようなうつ病患者さんですら、ポジティブ感度は徐々に指数関数的に跳ね上がってきます。一方で併行して、「やりすぎ」の反動でかえって状態悪化を繰り返す「ブースト&バースト」のループ転落には注意すべきで、「ちょうどいい」活動量を維持するペーシング指導が必要になります。時に双極症の抑うつ状態に対しては、時に躁転するほどパワフルな手法ですので、特に注意を要します(メタ解析4)。
- とらわれや執着があり、同じ悩みが何度も浮かぶ
いわゆる森田療法などで知られる「あるがままに」や「結論先送り」といった棚上げ・保留のスキルは、特に、すぐに解決困難な現実状況を抱えている場合にはその苦悩から距離を置けるため奏効します。生じた苦悩というXを、「解決への見通しをつけて安心する」、「すべて忘れて楽になる」という〇に無理に持っていこうとする足掻きは、かえってXが量産されて苦悩が増すことになります。それらによる「悩み疲れ」は、二次的抑うつにもつながります。「棚上げ・保留」することで、Xを〇には持っていけなくとも「悩みと共存」という△には至ることができます。ただ、最初のうちは何度もすぐにまた苦悩が思い出されてイライラしますが、続けていると数日後、数週後には出現する苦悩の強さと頻度が気づけば減っているという現象が生じることも、セットで説明する必要があります。そうしないと患者さんは先が見えず、この方法を続けてもらえません。これは、伝統瞑想でも最初に目指されるステップであり、実は「死にたくない」といった解決不能な四苦八苦の「棚上げ・保留」こそが仏教のはじまりで、お釈迦様もやっておられた方法だよ、と提案すると、患者さんの動機づけは高まるようです。「気にするな」、「忘れろ」という「助言した気」になった治療者側の独りよがりは、患者さんの悪循環を強化するため絶対禁忌です。
- 患者さんの訴えに関心が持てない、話に共感ができずよい助言ができない(医療従事者)
患者さんの二次感情による言動や態度に目を奪われて振り回されていませんか。患者さんの本音である一次感情に気づけば、実は人類共通なのでどれも深く共感できるものばかりなのです。苦痛な一次感情からの回避先である二次感情には、「死にたい気持ちをどうすればすぐ消せるのか?」といった難題が多く、熱量とリアリティーはあるものの、そこにはリアルはありません。二次感情が容易に解決する葛藤であれば、患者さんは二次感情という迷宮に回避し続けられず、すぐに苦痛な一次感情に直面せざるをえなくなるからです。たとえば、二次感情である「過食で太ったから、つらい」と延々と繰り返す患者さんの訴えは、何度聞かされても私は正直深くは共感できませんが、背後の親子間の葛藤の深い一次感情の本音が聴けたときには、いつも魂が揺さぶられる想いで、いまだに涙が出てくることすらあります。そして、そのような話が聴けた後には、「過食衝動がその日だけ消えた」、「拒食症なのに食に喜びを感じる自分が一時的に許せた」と教えてくれる患者さんも少なくないのです。ただ、表面的な話すら丁寧に聞いてくれない相手に、深い本音など話す気にはなれないのも事実ですから、「だから本当は何が言いたいの?」といきなり突きつける姿勢は、患者さんへの寄り添いに欠けており、さらに表層的な反発的二次感情である「激しい怒り」を買う危険性すらあります。
視聴者質問への回答(一部をご紹介)
Q1. 精神疾患に対する薬物療法の位置づけ、また薬物療法に精神療法を併用するタイミングについて、どのように考えていらっしゃいますか。
A1.
精神疾患に対する薬物療法は、限られた日常診療という枠組みにおいては精神療法を行うための前提だと考えています。薬物療法が奏効しないと判断した患者さんには、薬剤のみでは改善が期待できないと考えられる症状に対して精神療法的アプローチという選択肢を提案し、患者さんの希望を考慮したうえで治療方針を決定します。また、薬物療法を受けていて、今後は薬剤を減らしていきたい、あるいは薬物療法自体を中止したいと考えている方には、薬物療法と精神療法との併用により、全般的に症状が改善していく可能性や、将来においては薬剤を減らすことや薬物療法を中止できる可能性があることを話します。
Q2. パニック発作に陥った患者さんが頓用薬を飲む際、深くゆっくり呼吸をしてもらうためには、どのようにして説明するのでしょうか。
A2.
パニック発作に陥った際に頓用の薬剤を服用したいと思うときの状況を聴き、「呼吸するだけで、薬剤を服用せずにいられる時間はどれくらいですか」と尋ねます。患者さんが「服用せずにいられる時間はせいぜい1分程度です」と答えた場合、患者さんにゆっくり1分は深呼吸をしてもらい、その後に薬剤を服用してもらうようアドバイスします。そして、深呼吸による時間稼ぎに慣れて薬剤を服用せずにいられるタイムラグの時間を徐々に延ばしてもらうよう継続的にサポートします。また、タイムラグを設けることで不安のピークを外して内服を繰り返すことで、生じるパニック発作や不安の強さや頻度の軽減につながっていくことについても説明します。いままでの習慣に漫然と流されるのではなく、そこに「小さな違い」を日々講じることを意識して無理なく取り組んでもらうことがポイントです。
Q3.拒食症と過食症では精神療法のアプローチは違いますか。
A3. もちろん危機管理など違う面は多々ありますが、拒食症も過食症も本質的な病理は一緒で、一次感情からの回避が根幹と私は考えます。そもそもデリケートな気質の方が多いこともあり、その繊細な本音の気持ちを周囲の重要な他者に理解してもらい損ねた結果、傷つかないための大切な一次感情の感度低下と、心身一如的に連動するような本能的な一次身体感覚の減弱が生じています。そのしわ寄せの結果、生物学的なバグである「いくら食べても満腹感を感じられず過食が止まらない」、「過食中は何も味わえていない」、「絶食しているが空腹感は湧かない」といった食の味わいや満腹感、空腹感の鈍化が生じます。実際に摂食障害患者さんでは、メタ解析5,6でも味覚や嗅覚の低下が示されています。行動活性化のところで感覚が低下した患者さんはジャンキーな刺激を求めるとお話したのと同様に、摂食障害の患者さんで、薄味でタンパクなマクロビオティック*や精進料理を過食する患者さんなどはおらず、食べるのはジャンキーに甘かったりしょっぱかったりする不健康なものばかりです。逆に、症状回復とともに味覚が正常化することで、そういった刺激的なものが嫌になりもっと健康的なものを食べたくなるという方は多く、なかには10年ぶりの夫の匂いを感じられたと嗅覚の回復を報告してくれる患者さんも多々います。まだ治療動機づけの低い拒食症の患者さんほど、「健康のために食べよう」、「あなたは太っていない」と正論を言っても、かえって反発され拒食は強まります。しかし、「おいしいと感じるかすかな旨味や幸せな気持ちをもっと感じてみませんか?」、「体に栄養が行き渡り、満たされる喜びの感覚に注意を向けると幸せになれませんか?」と提案すると、食への動機づけが高まるケースは少なくないと私は感じています。
*マクロビオティック:玄米などの穀物を中心に旬の野菜、海藻、豆などを、環境に合わせてバランスよく食べる食事法
ウェビナー振り返り
内田先生:ウェビナーの講演は、明日の臨床に直結している内容だと感じました。講演を一番聞きたかったのは実は私だったかもしれません。医療従事者が、患者さんに共感・傾聴してコミュニケーションを図って理解していくためには、患者さんとの距離感を意識して、どのように接していくのかを考えることが重要だと感じました。
宗先生:患者さんの一次感情を深堀りすることこそ、精神療法を実践する際のエッセンスと考えています。一次感情を回避している患者さんに目を向けてもらう際、ときには反発されることもありますが、「雨降って地固まる」と考えています。あくまでも無理をさせ過ぎない配慮の上、患者さん自らの動機に基づいて行われることが大前提ですが、多少患者さんが怒っていても、ネガティブになっていても、それらをブレイクスルーと捉えて支えていくことが重要だと思っています。表層的な話にすら丁寧に耳を傾けられない治療者には、患者さんは深い話などできず、また表層的な話だけに終始していては、いつまでも治療に何の進展も見られず時間だけが費やされるため、踏み込みと待ちの精緻なバランス感覚が求められるかとも思います。
座長・演者 Inside Story
「言葉を通して患者さんとの信頼関係を構築することで難治症例の改善につながることも」
・・・宗先生
大学生時代に若かりし大野裕先生が情熱的に書かれた書籍を読んで、こんな世界もあるのかと感動し、精神科医になることを決めました。慶應義塾大学精神・神経科学教室に入局し、そこでは医師・患者関係の重要性を学びました。たとえば、医師一年目の、研修医時代、上級医も含めてどのスタッフにも心を開かないある患者さんがおり、同じ同期の研修医だった座長を務められた内田先生が担当となったものの、当初は、その患者さんから話すらしてもらえなかったのでした。しかし、内田先生が粘り強く手紙を毎日送り続けるなかで患者さんの信頼を勝ち取り、退院時には深い感謝の手紙まで受け取られていたのを知って驚くとともに、とても勉強となったことを覚えています。最近、激しい怒りの制御不良に苦しむ頭部外傷後等の後天性脳損傷後の高次脳機能障害の方へのアンガーマネジメントによる認知行動療法を開発して効果検証中です。器質的異常だから治らないと信じられていて10年以上も続いていたような激しい怒りもまた、背後にある悲しみや寂しさといった一次感情を深く感じきれば、2~3ヵ月で怒りがゼロになるという患者さんは少なくありません。こうした言葉を通した治療の重要性を改めて感じています。
「自分が発する言葉が治療に直結することを医師1年目から教えられ現在も同じ姿勢で診療」
・・・内田先生
感謝の手紙をいただいた患者さんの話ですが、その方は本心を隠すタイプでしたので、私は踏みこんで話を聴くようにしました。その際、私が何か感じたときは自身を俯瞰し、感じた理由を明らかにしたうえで対応しました。結果、患者さんの理解につながり、心を開いてくれたと思います。医師1年目から、自分が発する言葉が治療に直結すること、客観的な視点を持つことの重要性を教えられてきました。現在も同じ姿勢で患者さんに接しています。